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#1 Martin Garrix

マーティン・ギャリックス

 

「名声に追い詰められているように感じることはありませんか?」

 

Martin Garrix(マーティン・ギャリックス)の隣にDJ Magが座る部屋の中でこの質問がこだました。このオランダ人DJであり今年のTOP 100 DJsの勝者は記憶を反芻するためにしばらく黙った。「追い詰められる? いや…」彼は慎重に応える。「でも、重い責任は感じるよ。何もバカなことはできない。誰かの悪い影響にはなりたくないし、示しが付かないようなことはしたくない。これは僕にとってとても重要なことなんだ。」

 

世界で最も有名な若者の一人からの清々しいほど冷静な意見だ。Martin Garrix(マーティン・ギャリックス)は、彼が16歳の時に寝室で製作したヒット曲「Animals」のおかげで、2013年にスターの地位へと登り詰めた。この「Animals」はYouTubeで驚異的な9億回も視聴され、同時にGarrixはSNSでオランダの総人口よりも多いフォロワーを集めた。厳密に言うと、Facebookページでは1,300万いいね!、インスタグラムでは810万人のフォロワー、そしてTwitterでは340万人ものファンがいる。

 

広く報道されている彼の楽曲の所有権をめぐって論争の前、彼が10代の頃はEDMヒットを打ち出し続けるSpinnin’ Recordsと契約し、2016年はGarrixが成人し大きく成長する年だ。彼は1月に彼自身のレーベルSTMPD RCRDSを立ち上げ(最強の大手レーベル、Sonyの後ろ盾と共に)、9月にこのレーベルからBebe Rexhaとのフューチャーバス曲「In The Name Of Love」をリリースした。「Animals」をEDM世代の代表曲としたビッグルームのクラブ曲からかすかに転向し、これはGarrixが普通のティーンエイジャーのように成長をしている証だろう。

 

しかし、チャートのトップに躍り出るBeatportシングル曲や、スタジアムイベントとイビザのレジデンシー、プライベートジェットや高価なスニーカーといった領域の外にこそ、Martin Garrix(マーティン・ギャリックス)の魅力の真の秘密がある。才能とタイミング、マーケティング、そしてスターの素質の組み合わせによって、アムステルフェーンの小さな街の謙虚な目を輝かした少年は世界一のDJとなった。これは世界中の寝室で音楽を作るプロデューサーにとって、究極の可能性の姿だろう。Martin Garrix(マーティン・ギャリックス)の物語は、文字通り、10代の若者の夢が詰まっている。

 

 

チーム・ギャリックス

 

インタビュー・ルームに戻ろう。彼のTOP 100 DJsの優勝に関して話す間、彼の興奮は明白だ。「優勝したなんて夢みたいだ」と、彼は隣のソファからDJ Magに笑顔で言う。「100%全くもって予想していなかった。最高のショーと最高のファンと一緒に過ごした、最高な一年だった。彼らのサポートに本当に感謝しているよ。キャンペーンもしていなかったので、僕のファンがどれだけ最高かを示しているね。」

 

「DJ Mag投票のためにキャンペーンをしなかったのは、僕があんな風になりたくなかったからで…」と、言葉が濁る。「あれだよ、大統領の選挙運動みたいなやつ。テレビは選挙のためのバカなキャンペーンで溢れていて。もっと人間味が溢れるべきなんだ。自然な勝利になるべきだし、だから本当に感謝しています。」彼は興奮でDJ Magの手を握った。

 

DJ Magがある、派手な西ロンドンのメンバーズクラブの中で10人以上のチームに囲まれているGarrixは、めったに一人でいることはないようだ。TOP 100 DJsに関して話している間も、彼の広報が数メートル離れて座り、Garrixのチームの他のメンバーも隣の部屋にあるキャンドルの火に照らされたバーでカジュアルにカクテルをちびちび飲んでいる。Garrixお抱えのフルタイム写真家が最近撮った写真を科学捜査官顔負けの表情で見ている。今が夜の10時くらいだって言ったっけ? チーム・ギャリックスは有能以外のなにものでもない。

 

もしかしたらチーム・ギャリックスの中でもしかしたら一番興味深いメンバーが欠席だ。彼のマネージャー、Scooter Braun(スクーター・ブラウン)は故郷のアメリカにいる。音楽業界の人でなくてもこの名前を知っているだろう。Braunは、ここ10年最も遍在するポップスター、Justin Bieber(ジャスティン・ビーバー)の担当者だ。

 

有名な話であるが、BieberをYouTubeの無名の10代の少年から10億ドルのポップスターへと変えたBraunは、他にもUsher(アシャー)からAriana Grande(アリアナ・グランデ)などのキャリアにも手をつけ、ビルボードマガジンの表紙を飾り(二度)、そして2,300万ドルもの価値があると言われている。彼は見るだけで金の卵を産むガチョウを見分けることができるのだ。

 

去年の終わり頃広く報道されたSpinnin’ Recordsとマネージャー・Eelko Van Kootenとの決裂の後、BraunはGarrixと手を組んだ。GarrixはEelko Van Kootenが提携中に製作した音楽の権利を譲りわたすよう騙したと訴えた。Spinnin’ Records側はこの主張を否定している。

 

「簡単に言うと、以前のレーベルと問題があったんです」とGarrixは自分から説明した。

 

私たちはうなずく。

 

「音楽と良い雰囲気だけが欲しかったんです」と熱く付け加えた。「それは少し理想主義的じゃないですか、マーティン?」と尋ねる。彼はまた笑った。「まあ、そうですね。」

 

若者らしい楽観主義はさておき、Garrixは決して騙されやすい人ではない。このプロデューサーは年齢以上のビジネスの判断力を持っている。DJ Magが最初に連絡を取ったときから、積極的に彼のレーベルのすべての面に置いて関わっていることは明白だった。この地に足をつけた性格も相まって、彼は世界へと羽ばたいた。Martinは本当に大衆の人気者だ。

 

「僕がDJでいることで出会える人々との繋がりが大好きなんだ。他の人が楽しそうにしているのを見るのが大好きだ」と、嘘の欠片もないように彼は言う。「それが本当に最高のことで、だからイベントをするのが好きなんだ。僕のセットのあと、いつも最前列に降りて、ファンと写真を撮ったり、サインとかするんだ。僕にとって、彼らと実際に会い、知ることが大切なことなんだよ。」

 

 

一つという力

 

Garrixは10月中旬のアムステルダム・ダンス・イベント(通称:ADE)で新しいファンを「知る」こととなった。未成年に敬意を表して特別なパーティーを主催した。

 

「未成年のイベントを【ADE】で行う一番の理由は、自分が未成年だったときのことをよく覚えていて、本当に最悪だった。」と彼はイベントの前に言う。

 

「自分のお気に入りのアーティストが自分の街にやって来て、でも自分が見合った生年月日に生まれていないだけで行けないなんて、最悪だよ。僕がエレクトロニック・ミュージックに惚れたのは、2004年にアテネ・オリンピックでTiestoを見たときで、僕は未成年だった。彼の音楽はこのグルーヴが効いていて、生き物のようで、僕の感情を揺さぶった。体中に鳥肌がたって、本当に今でも同じように感じているんだ。」彼は話しながら私たちに彼の腕の鳥肌を見せた。

 

「だから僕たちが未成年のイベントの依頼を受けたときは、ただ『いいじゃないか!』と思ったんだ。3時間のセットを2セットプレイする予定だよ。本当の意味での旅になると思う!」

 

Garrixは老若男女のファンを魅了するのだけに優れているのではなく、彼は疑いの余地もなく頭がいい。ユトレヒトのHerman Brood Academieをほぼパーフェクトの成績で卒業したGarrixは、ほとんどの高校時代の最終戦を多忙なツアースケジュールと音楽制作の締め切りをやりくりするのに費やした。幸運なことに、Herman BroodはGarrixのような若者のために特別にデザインされていた。この演劇学校は、音楽チャートのトップに現れるようなインディーバンド、ラッパーやDJを輩出してきた。

 

「僕は音楽業界だけでなく、音楽製作について詳しく教えてくれる学校にいきました。契約について、ビジネス関連について、インタビューの受け方、メディアについても、です」と彼は説明する。

 

Garrixの過去の体験のほとんどがまさにこの成人の瞬間へと導いてくれたようだ。Herman Broodでの時間、Spinnin’ Recordsとの失敗、そしてマネジメントの急な変化、すべての体験や出来事が彼の2016年TOP 100 DJs #1、そしてこれからのプロとしての挑戦の前兆である。この若いプロデューサーが一番心を踊らせているのが、彼の新しいレーベルSTMPDだ。DJ Magに対して彼のビジョンを語る間に、「かっこいい」と「最高」という言葉が少なくとも10回は使われていた。

 

「Spinnin’ Recordsとの仕事の後、『自分は自分がしたいことをするんだ、自分のレーベルを作るんだ』って感じで、こんなにうまく進んで来たなんて最高だよ。チームを拡大していて、もうすぐ自分だけじゃなく、他の人達の音楽もリリースし始める予定だよ。」と彼はDJ Magに語る。

 

興味深いことに、GarrixはEDM以外のジャンルの契約も興味がある。彼はアンダーグラウンドにも友人がいて、彼にインスピレーションを与えてくれる今の音楽について尋ねると、Flume(フルーム)やDisclosure(ディスクロージャー)といった名前を挙げる。Tiesto(ティエスト)やHardwell(ハードウェル)といった過去のTOP 100 DJsの勝者と並んで、GarrixはRichie Hawtin(リッチー・ホウティン)、Dubfire(ダブファイヤー)、Carl Cox(カール・コックス)、そしてSeth Troxler(セス・トロクスラー)などのテクノの指導者達を友人として挙げる。「実は、Carl(カール)と僕は一緒にドキュメンタリーを作っているんだ」と彼は明かす。「Carlのことが大好きだよ。ポジティブなエネルギーに溢れていて。僕はそういう人達で自分を囲みたいよ。僕はたくさんの尊敬する人達がいます。Seth(セス)も【ドキュメンタリー】に登場するよ。まだ詳しいことはあまり言えないけど、最高になる予定!」

 

「今自分が嫌なことは、世界中に他の楽曲のコピーのようなものが蔓延っていることだ。」と彼は続ける。「全部が同じように聴こえるのが嫌で、だから僕は『In The Name Of Love』を作ったんだ。違うことをしてみたかったから。世界中にEDMで似ている曲がたくさんありすぎる。僕は自分のレーベルをもっと多様にしたいんだ。」

 

 

スタジオ VS ステージ

 

では、Garrixの音楽自体はどうなのだろうか? 彼がブレイクした2013年の曲「Animals」は、ダンスミュージックの中で一番有名な曲の一つだ(そして一番コピーされているものでもある。)今日に至るまで、まだ広くラジオやクラブでプレイされている。それに続くR&Bスター・Usher(アシャー)をフィーチャリングしたヒット曲「Virus」と「Don’t Look Down」もファンを喜ばせ、並んでイギリスの歌手Ed Sheeran(エド・シーラン)から伝説のオランダ人Tiestoなどと音楽コラボレーションをしている。

 

楽曲製作に関しては、Garrixの技術は感動的だ。彼がどうやってFL Studio(音楽誌・Future Musicによる)で大人気のヒットを製作したかのオンライン動画は、現在400万もの視聴回数を誇り、伸び続けている。誰とは言わないが、彼は過去に他のプロデューサーのゴーストライターをしたことを認めたが、彼の製作へのクリーンで実用主義的なアプローチは、彼を目立たせる。Garrixのものすごいキックや、非常にシャープなハイハット、感情的なビッグルームのボーカルは、このジャンルの音を特徴づけることとなった。間違いなく、Garrixはインスタグラムでフィルターを通したアメリカのEDMの誕生の顔だ。

 

まず間違いなく、オランダのEDMの第二波で一番成功したアーティストであるが、2000年代初期にChuckieやAfrojackなどがEDMのアメリカでのブームの基礎を築いてくれたおかげで、このジャンルの基礎はGarrixがまだおむつをしていた頃に始まった。ダンスシーンのベテランであるArmin van Buuren(アーミン・ヴァン・ブーレン)、Sander van Doorn(サンダー・ヴァン・ドーン)とTiesto(ティエスト)は全員トランスから去り、2011年頃にEDMの儲かる話に乗っかり、同時にHardwell(ハードウェル)やAvicii(アヴィーチー)などはベッドルームにいる若かりしGarrixのヘッドフォンから流れる音楽を作っていた。

 

Garrixは一つ以上の才能をもっている。このプロデューサーは、自分を有名にたらしめたビッグルームの音楽よりも多くのものを隠し持っている。「自分の頭の中やパソコンの中に曲がいっぱいあるんだ。でも1ヶ月半に一曲くらいしかリリースできないと思う」と彼は携帯で曲をスライドし始める前に言った。

 

「オッケー、じゃあエイリアスについてはどうなんだい?」とDJ Magは詮索する。

 

Garrixの目は輝き、いたずらっぽく笑った。「実はね、いくつかもう持ってるんだ。後で流してあげますよ。あと、今人気があがっているヒップホップのエイリアスも持っているけど、皆はそれが自分だとは知らないんだ。製作過程のせいで何人かの人は疑っていると思っているとは思うけど、本当にわくわくするんだ。」

 

このヒップホップのエイリアスの他に ―DJ MagはGarrixの別人格が一体誰なのか分からないまま― ぼぼ2年という歳月の間、デビューアルバムの話題が渦巻いていた。その進行状況について聞くと間違いを指摘する噂だ。Garrixの次のステップは、好くなくともリリースに関しては、まだ変わりやすいようだ。

 

「今年も沢山の新しい音楽が出る予定だけど、それをアルバムとしてやりたいかと言われるとちょっと分からないな」と彼はまごつきながら言う。

 

「夏の間ずっとツアーで使って来た8曲か9曲くらいのクラブ曲があるから、それをリリースするかもしれない。それから、スタジオ・アルバムがリリースされる。それはどちらかというと新しい音を試みている方向だよ。多分「In The Name Of Love」の方向性かな。だから、そうだね。それがうまくいけば来年の始め頃にリリースされる。でもさっきも言ったけど、僕はポジティブなエネルギーをたくさん持っているから、Martin Garrixスタイルのクラブ曲はもうすぐリリースされると思う。」

 

 

ザ・マーティン・ギャリックス・ショー

 

Garrixはリリース前に自分の音楽を試験することを強く信じている。これが他の(しばしば年上の)同年輩の人達とは違う鍵となる要因の一つだ。Garrixのセットは一般的に有名なヒット曲とリリースされていない曲も含め90%が彼自身の曲で、特別に巧みに作られた間奏曲と、カスタムキュー照明、花火、ビジュアルを含む。

 

今年のUltraとTomorrowlandでの高賃金のヘッドラインの他に、GarrixはイビザのUshuaiaレジデンシーで自分の腕を試してきた。仲間のEDMスターAxwell & Ingrosso(アクスウェル&イングロッソ)やDavid Guetta(デヴィッド・ゲッタ)などのプレイを主催して来た会場であるこの高級な野外のナイトクラブで彼自身のMultiplyというイベントをするのはこれで二回目だ。

 

「イビザのレジデンシーの良いところは、音楽だけじゃない本物のイベントっていうことだ。」と彼は言う。「毎週全部、フルで2時間の映像を会場の前から録画するんだ。後で全部見直して、どう改善できるか全員で話し合うんだ。これがとっても楽しくて、毎週作り上げていくのが好きだよ。」

 

GarrixのMuptiplyのイベントがイビザ島の最大のイベントの一つであることは周知のことだ。今シーズンは毎週売り切れるレベルにまで達して来ている。「イビザのことが大好き。ゆっくりできる最高の場所。」と彼は話す。

 

音楽界を魅了し、敬愛するファンとほぼ無限代の預金残高は言うまでないこの20歳に対して、Garrixが羽目を外していないことについて事実を述べているのかDJ Magは気になっていた。特に世界で最も有名なパーティー島においてだ。また有名なことだが、彼はBraunを契約してからワイルドなJustin Bieberと仲良くなり、最近2017年のPurposeのオーストラリアツアーに同行することを発表していた。Bieberは何度も報道陣とぶつかっていたが、近々Garrixはフェラーリを壊したり、ナイトクラブからよろけながら出て来るところをバカにされるのだろうか?

 

「Garrixキャンプでは羽目を外すようなことはないってことですか?」と私たちは探りを入れるように聞いた。

 

「そりゃもちろん、するときもあるよ!」とMartinは笑いながら答えた。「アムステルダムにいるときは、パーカーを着て一番仲のいい三人の友達と出かける。LAやニューヨークみたいに顔が割れるところじゃないから、そこにいれば何にしてもほぼ平気なので。アムステルダムでは人生を謳歌させてくれる。」と彼は説明する。

 

 「アムステルダムの家にいるときは、スタジオにいる。自分が幸せになれる場所。僕にとって大切なのはバランスです。それから自分が住んでいるところから10分ほど離れている両親の家に行って、家族と食事をします。それか友達が自分の家に来て、自分が取り組んでいる曲をプレイして、『それは最高だ、マーティン』とか、『それクソみたいだな、マーティン』って言うんだ」と彼は声を上げて笑う。「そのおかげで地に足がつくんだ。」

 

最後に、部屋を後にする前に、私たちはMartinに10年スパンのプランがあるか聞いてみた。彼はその答えに静かな自信を振りまいていた。

 

「簡単に言えば、僕は作りたいものを作り続ける。作りたいと思ったことはなんでも。フィーリングでやっていくよ。」

「それは少しリスクじゃないか?少なくとも商売としては」と私たちは尋ねる。

「そうかもね」と彼は答える。「でも間違いなくそのリスクを追う覚悟はあるよ。」

 

DJスタイル

エネルギッシュ

 

最も知られているのは?

ハッピーなやつであること

 

何が次のヒット曲?

Daft Punk & The Weeknd - Starboy

 

新発見した音楽プロデューサー

Justin Mylo

 

今年は何が新開地でしたか?

「今年は沢山最高な瞬間があった。マイアミのメインステージでUltra Music Festivalのトリを飾ったのが、自分のキャリアの中で最高な瞬間の一つ!」

 

エレクトロニック・ミュージックは芸術の一つとして真剣に捉えられていますか?

「絶対に捉えられるべきだと思う。ダンス・ミュージック文化周辺のネガティブな報道によって、外の人々は本質よりも重要でないと思ってしまうと思うんだ。実際に体験せずにエレクトロニック・ミュージックについて意見を持ってしまっているのです。それは危険だけど、それもゆっくりと変わっていると思う。今はダンス・ミュージックが音楽チャートを埋め尽くしているからね!」

 

何が最高の新しいDJ/製作テクノロジーですか? なぜですか?

「ずっとSerumが好きです。今年発売されたのかは知りませんが、良いプラグインです。それからもちろん、新しいFL Studioも大好き!」

 

自分のスタイルを他のジャンルに変えるとしたら、何ですか?

テック・ハウス

 

ダンス・ミュージックのイベントでドラッグが関連した死亡事故を防ぐには何ができると思いますか?

「教育とテスト。ドラッグの試用を禁止することもできますが、自分は代わりにみんなが安全にパーティーを楽しめるようにコントロールして、テストしたい。もしドラッグ関連の死亡事故を防げるのなら、なんでしないんだろう? 自分はドラッグを使わないけれど、安全に気をつけて、お互いに気を配っていたら、反対はしないね。」

 

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