「ここでレーベルの役割が大きくなってくる。レーベルは常にレコードを売り出したいだけだから、メタデータのような面倒な部分には関心が薄い。せいぜいアーティスト名、タイトル、ISRCなどの最低限の情報だけ対応する程度だ。これによって問題はややこしくなる。」 – John Truelove

 

セットリストを提出するかどうか以外にも問題はある。大型フェスティバルに出演して1曲あたり最大100ポンド(約13,000円)のロイヤリティが受け取れるとなれば、DJ(やマネジャー)がセットリストを書き出さない理由はない。実際何をプレイしたかを無視してでもだ。「実際と異なるセットリストを提出するのは、詐欺にあたる。すべてのDJが定期的に正確に提出すれば、ダンスミュージック界のエコシステム全体にとって利益となるだろう。」

 

できる限り記入するとしても、間違った曲名だったり、誰かにもらって名前も知らないトラックだったとしたら、リストを完成させることはできない。

「セットリストのなかに"タイトルなし"というタイトルのトラックがあるかもしれない。」Truelove氏は話す。

「わからなくても、代わりに他の誰かにお金が入るわけではない。ただ不良なデータとなるだけだ」。実際何の曲かわからないものも多く、誰が作ったかも、誰からもらったかも言えないものだったりする。他にも、マッシュアップや海賊版など、あまり自身が関与していると公言しにくいものもある。あまりに一般的なタイトルの曲も問題だ。

私の会社には「Don’t Stop」という曲が50近くデータベースにある。うちだけで50だから、世界中にはものすごい数あることだろう。

 

最近まで、セットリストデータと類似データの組み合わせが唯一PROsの持つ手段だった。

AFEMが2014年に”Get Played, Get Paid”キャンペーンを始めた時、100万ポンド(約1億3千万円)が毎年間違った相手に支払われていると推定していたが、私達はもう少しこれがどのような計算から導き出された数字なのか明らかにしたいと考えている。

Lawrence氏の話によると「PROsが世界のクラブやフェスティバルに請求した支払いを算出し、その後PRSの持つ平均値を当てはめた。そして、ダンスミュージックイベントから報告されたセットリストと(全セットの27%程度)、ダンスミュージックとして登録されていない作品(Beatroptのトップ100のうち40%程度)、「その他の音楽」(ラジオ放送など)として処理されたもの、を含めてこの(100万ポンドという)私達としてはわりと保守的な数字を出した。」

 

もちろん、その27%のセットリストという数字は100%正しいデータに基づいている。

しかしながら、PRSはこの計算に大きく異議を唱えており、近く独自のデータを公表する予定だ。

 

PRSやPROsを非難することは簡単だ。しかし、彼らはただ資産を配分しているだけにすぎない。

PROsはデータがないと何もできないし、現状のシステムではそのデータが適切に届いていない。音楽認識技術(MRT)が実用化しているが。

たった19会場にしか取り入れられていないためほとんど機能していない。もし本格的に進めるとしたら、誰に導入費用を支払う責任があるのだろうか?

コスト面で導入が遅れたら、メンバーに対して請求書を発行するのはPRSなのだろうか?

 

「私達の予算は、管理費を介して、メンバーのロイヤリティで賄われる」とHoward氏は説明する。

「もし自分がライブジャズバンドだったら、それを払いたいと思うだろうか?何の得もしないだろう。私達のメンバーの一部(DJによってプレイされる側)だけがMRTの恩恵を得ることになる。それに私達はNPOなので、資金の調達先には慎重にならなければならない。」

 

PRSだけを責めるのは不公平でもある。これは国際的な取り組みで、定期的に週に何カ国もツアーで周るようなDJとも協力しなければならない。

Howard氏の説明は続く。

「それはメンバーにドミノ効果をもたらす。メンバーの音楽が他の国でプレイされる時でも、MRTの効果が得られるようにしたいと考えている。そのコストは私達に戻ってくるようにもなる。私達は、ただメンバーのためだけに音楽認識を使用するのではなく、全ての人のためにやろうとしている。この技術は無差別なものである。」

 

Martin GarrixがSW4(ロンドンで開催されるフェスティバル)で最もプレイされたアーティストだとしたら、Martin Garrixに、彼の代理人は(オランダ版PRO)BUMAを介してお金が渡る。

ここで大事なのは、適切な金額が適切な人に渡ることだ。一部の機関は、もっと先進的で先見の明があるが、他はそうなれないし、なろうとしていないし、問題をわかっていないかもしれない。国際的な尽力が必要なのだ。」

 

 

「新しい手法はこうしたアンダーグラウンドのカルチャーの状況をより的確に映し出すことができる。」 – Ash Howard, PRS

 

・音楽認識技術

ここ5年で、新しいテクノロジーの登場によって、PROsのデータや支払いの正確さは大きく改善してきた。

Shazamのような音楽認識技術(MRT)の活用により、クラブやフェスティバルのシステム環境さえ揃えれば、PRSは世界中どこのステージであっても誰の何という曲がプレイされているかモニターできる。

PRSは現在DJMonitorという会社にイギリス国内のMRTを任せている。(一部の国では、rekordboxでセットリストをシェアできるPioneer DJのKUVOを使用しているPROsもあるが、目的はID3タグの使用にとどまりMRTの活用には至っていない。)

 

MRTによりDJはわざわざセットリストを記入する手間がなくなり、不正も防げ、リアルタイムな運用ができる。しかし導入コストが普及を遅らせている。

PRSによるとイギリス国内で「19ヶ所の32端末」にしか導入されておらず、「2018年には5つのフェスティバルで使用した。2020にはもっと多くのステージでMRTを利用してセットリストデータを収集したい」としている。

 

進捗は思わしくないが、MRTの正確性は以前のシステムとは比べ物にならない。

PRSのHoward氏の話によると「最初にMRTでモニターを行ったフェスティバルは2017年だった。セットリストの収集担当者にはMRTを使っていることは伝えず、いつもどおり仕事をするように指示した。絶対にMRTが必要であると断言するために必要な実績を集めるために3つのステージでMRTを稼働させた。収集担当者は230のセットリストを集めなければならなかったが、集まったのはたった10のセットリストと150のメールアドレスだった。メールアドレスは今ここでセットリストは渡せないから、後でメールをくれればイベントのあとでリストを送る」と言われたDJやマネージャーのものだった。

 

「それら全てのアドレスにメールを送ったが、1/4ほどは送信できず返ってきてしまった。150のうちたったの15人だけがセットリストを返信してくれた。一方で、稼働していたMRTは全体の90%以上を認識し、導入の必要性は明らかになった。DJ達は何もしなくてよかった。ただ費用は必要だった。」

 

十分素晴らしいのではないだろうか?問題はクリアされた。全てではないが。というのも、MRTがちゃんと動いていたとしても、メタデータの方で問題がある。「たとえば、KUVOのデータはそれぞれのMP3ファイルのID3タグと、DJがrekordbox上で追加したデータの内容だけに頼っている」とHaward氏は話す。

「全ての曲がきちんとしたオンラインストアから、適切なメタデータが付随している状態でダウンロードされていれば良いが、そうでなければ悲惨だ。マスターとなるメタデータへの統合は業界の大きな問題の一つだ。

 

これはダンスミュージックだけの問題ではない。今年5月にThe Vergeに発表されたメタデータに関する記事は、これが音楽業界全体の問題であることを強調し「危機的状況」にあるとした。

MRTによって漏れなく全世界のセットリストが集められたところで(Howard氏はそれは予算と実用性の問題から絶対実現しないとしているが)問題が解決したとはならない。MRTによって認識されたトラックが、正しく登録されていなかったり、そもそも登録されていなかったとしたらPRSはロイヤリティを支払うことは不可能だからだ。 

「ここでレーベルの役割が大きくなってくる」とTruelove氏は考えている。「レーベルは常にレコードを売り出したいだけだから、メタデータ(作曲者、プロデューサー、歌詞など)のような面倒な部分には関心が薄い。せいぜいアーティスト名、タイトル、ISRC番号(デジタルバーコード)などの最低限の情報だけ対応する程度だ。これによって問題はややこしくなる。強制しようとすれば、古いやり方に固執して何とかして抜け道を探そうとする人間が必ず出てくるだろう。」

「多くの無名のアーティストの作った曲がクラブやフェスで大人気になっているが、彼らは少ししか音源を販売しておらず、ほとんど利益をあげられていない。然るべきアーティストに正しくお金が渡ることに対する倫理の問題である。」 – Posthuman

 

・私達にできることは?

セットリストと類似データは、問題のごく一部に過ぎない。駆け引きで操作することも可能だ。PRSとPROsはそれは不正だと主張し起訴するとも言っているが。

MRTはほんの少数の場所にしかなく、ほとんど活用されていない。クラウドを利用したDJプレイによってなんとかこの問題を解決に向かわせようとしているか、広く普及するにはまだ遠い。もし実現したとしても適正なメタデータが必要だ。今できるのは、あなたや周りの人の報酬が正しく支払われているか確かめることだ。一流のアーティストは、特にラジオにも力を入れて活動している場合、チームを雇ってきちんとロイヤリティの支払いを受けているかを確認させているが、最新の音楽がプレイされているのは、アンダーグラウンドなクラブである。 

地方のディスコでヒット曲をプレイしているような場合PROsは正しいかもしれないが、アンダーグラウンドで毎晩同じ曲がかかることはないだろう。「そうした場所から得られるデータからわかるのは、同じ曲が繰り返されることが少ないため、より多くの曲数をモニターする必要があるということだ。新しい手法はこうしたアンダーグラウンドのカルチャーの状況をより的確に映し出すことができる。」

 

エレクトロニックミュージックのプロデューサーがまず今できることは、PROに登録することだ。個人または作品が登録されていないと、何も得ることができない。これは揺るがない事実だ。先に述べたように、AFEMの最新の調査では、Beatportのトップ100のうち40%はロイヤリティを得る資格がないとされている。大変な自爆行為である。もしあなたがDJなら、セットリストは提出しよう。フォームがなければオンラインでも無料でできる。(詳細は prsformusic.comへ(英語))ショーの12ヶ月後まで受付可能で、全てを覚えてなくても問題ない。 

Howard氏の話では「私からのアドバイスは、一定期間の基本セットリストを書き出すことだ。最低一年に一度、3ヶ月に一度なら理想的だ。あなたがよくプレイする曲を書き出すだけだ」としている。もし何をプレイしたか忘れてしまったら、rekordboxの履歴が便利だ。USBをつなげて、ドロップダウンメニューから「histories」を選択すれば、そのUSBを使ったセットリストを遡って見直すことができる。KUVOのプロフィールでシェアすることもできる。

DJでありプロデューサーでありレーベルオーナーであるPosthuman(最近のツイートが、DJ/プロデューサーのロイヤリティとセットリスト提出に関する認知度を向上させ話題となったが)は「多くの無名のアーティストの作った曲がクラブやフェスで人気になっているが、彼らは少ししか音源を販売しておらず、ほとんど利益をあげられていない。この状況は改善しなければならない。ほんの少しの時間の手間が必要な以外DJに負担になることはない。これは、然るべきアーティストに正しくお金が渡ることに対する倫理の問題である。

 

現状のシステムが「崩壊している」と考えようが、ただ昔からやってきた事だと捉えようが、事実として、無名なプロデューサーの収入源は極めて少ないことには変わりない。もらうべきお金が違うところへ流れていっているのだ。このことに異論を唱える人はいないが、どこでこの間違いを修正できるのかは業界全体にかかっている。

特定のグループや機関を責めることはできないし、経済的な問題がある場合はいつも、現状で恩恵を受けている人達が利益を守ろうとする。PRSは状況を変えようとしているが、十分なデータがなければ、上層部も聞く耳を持たないだろう。そのデータを得るには、特にアンダーグラウンドの状況を調査することが必要だ。

 

PROsのやり方にうんざりしたり、PROsがメジャーに対して有利すぎると感じているかもしれないが、それが状況を悪くしている可能性もある。Lawrence氏は「PRSがメジャーアーティストに傾倒しているからと言って、セットリストを提出することに抵抗しているとすれば、それは更にPRSがメジャー以外に目を向けない状況を作っている。それが一番エレクトロニックミュージック業界を傷つけている要因でもあるのだ。皮肉を言わせてもらえば、どう転んでもPRSにお金は落ちるし、セットリストを提出しなかったり不正に提出したりしたとしても、そのお金はどこかに流れていくのだ。それを正しく修正するかどうかは私達しだいなのだ。」

 

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